生命保険

新しい家に引っ越してからカバーされる家の値段も上がったし遺言もきっちりしたいと言う事で保険その他を専門に取り扱う友達に来てもらって見直しと遺言書の手配ををお願いした。
前回の時と違ってどれだけのカバーが必要かが見えていたから話はスムーズにいったはずなのに気づけばゆうに2時間は過ぎてた。
遺言の残し方も色々あるのだと知りちょっとした将来への安心感。

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一安心

先日、神経科の先生と会って来ました。
CTの結果は思ってたのと違い、まだ脊髄には余裕があるとの事good
手術の必要はないだろうと🙌

ホッとしました

炎症が起こっていたのはMSのせいだったのかなぁ

婦人科の方も触診では筋腫は大きくはなさそうとの事
今度は超音波の予約待ち
って超音波よりMRIのが画像ってクリアなんじゃ?見てんのかなgawk

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新しい病気

いつか癌を患うだろうと気持ちは固まっているものの色んな病があるものですねwobbly

今回は

頚椎後縦靭帯骨化症

とやらだそうで、脊髄に輝度変化がみられるとの事。
手術が必要だろうとbearing

手術の内容読んでいるとちょっと怖い感じですけどこれもまた人生の試練。立ち向かわなきゃですdash

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髪の寄付 Hair donation

やっとやっと、ここまで伸びた。長かったなぁ。ついに日本の団体に髪を寄付できる。

 

母が癌を患ったのはもう10年も前。母はよく頑張った。そして今でも日本で人生を楽しんでいる。

 

多分、女性が髪を失うと言うことは最悪のことのひとつと言えるんじゃないかと思う。抗がん剤の治療で母の髪が抜け始めた時、母から頼まれて彼女の髪を切り落とした。そしてかつらを作ることを勧めて調べてみることに承諾を得た。かつらについていろんなことを学んだ。そしてその時長かった自分の髪を一部として使おうと言うことに何ら躊躇はなかった。そして話を前に進めていこうとした時に母から言われた。やっぱりかつらは要らないわ、と。彼女の新しい癌友達が彼女を変えてくれた。

 

それまでどんな励ましの言葉も彼女の心には届いて無い様で、とても弱々しく以前とは違った儚げな表情ばかりだった。母はとても強い人でその状態を見ているのはわたしにはとても辛かった。でも抗がん剤治療をその新しい友達たちと乗り越えて行くことで強さを取り戻してくれた。皆で手持ちのタオルで帽子を作ったり、頭を隠す良い方法を教えあったり。

 

何だろう、少し置いてけぼりくらった気がした。長い髪を切る気満々だったのに。もうかつらが要らないってことは良いことなんだけどでも自分の決めたこの気持ちをどこにも持っていけずに終わらせたくなかった。

 

わたしの髪はアメリカのチャリティ団体に送った。日本の団体は当時、染めた髪の毛やパーマをかけた髪は受けつけてくれなかったのだ。イギリスに越してきてから髪を染めるのをやめたのでもう一度伸ばしてみようと思った。でも馬鹿な私は下調べせずに切ってしまったもんで長さが足りず。長さの規定がないイギリスのチャリティ団体に送らせてもらった。そして3年。今回はしっかり規定の長さを満たしてます。やっと日本の団体に寄付できます。

 

これで終わりではない。友人の1人も癌で亡くなり、友達二人も癌との闘病中。癌は今もう身近なものでそして不治の病ではない。それでもやっぱり闘病生活は辛い。そして自分自身罹患するのは確実だと思う。この寄付を通じてこの先何が待っているのか、そしてどうやって生きていけばいいのかを自分に思い出させることができる。人生は短い。自分の生きていく道を見失わずにいたい。今までの経験を肝に銘じ、そして今ある自分の命に感謝したい。

 

尊敬する母、親愛なるアダム、最愛の息子リオに愛を込めて。

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At last I will be able donate my hair to Japanese charity this time!!

 

It started when my mother had cancer 10 years ago. She fought through very well and she is still enjoying her life in Japan.

 

I guess it must be one of the worst experiences to lose hair as a woman. When her hair started to fall during chemo, I helped her cut her remaining hair. I wanted to do something to help and thought that a wig might make her feel herself again, if only a little bit. I researched a lot about wigs and found out about professional wigs made of donated hair, nothing stopped me from deciding to contribute my hair for her wig. I had very long hair at that time. When it was about time to go forward she told me she decided not to have a wig. Her new chemo friends changed her.

 

 I remember that no words could cheer her up till then and she looked so week and fragile. She was strong woman and it was so painful to see her like that. She went through this chemo with new friends and she got her strength back. They made hats from towels and shared ideas on how to look good covering their heads.

 

I felt left out as I was ready to have my hair cut… It was good thing she didn’t need a wig any more but I still wanted to go through with what I had decided.

 

My hair went to a charity in America as Japanese charities didn’t accept coloured or permed hair. Since I moved to England I stopped colouring my hair so I thought I can grow my hair to donate to them. Silly me not to search things first!! After I cut my hair for the second donation I found there was a minimum length!!!! So I sent it to a charity in the UK. It’s been 3 years now and I have my hair ready to send to Japan this time!!

 

I know this is not the end. One of my friends died from cancer a few years ago and two are currently fighting for it. Cancer is quite close to our life and for those that get it the chances of survival are better than ever. However it is still hard to go through. I’m sure I’ll get it sometime in the future. Having this donation has kept reminding me what to expect and how to live with it. Life is short.  How can I live without losing my way?? It is important to remember what we have gone through and to appreciate to have my life here.

 

Lots of love to my mum Shigeyo, my dearest hubby Adam and my darling son Leo

 

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考え方の違い

時々、自分のあり方を見失ってしまう。

人を嫌いになりたくないし人の気分を煩わせたくもない。ただ自分自身でありたいだけなのに結果は無惨。

正義感が強すぎるみたい。
そしてそれをリオにも押し付けてしまってる?

なんで男に産まれなかったんだろう。どうしてこんなに感情的になるんだろう?人前で泣いたりしたくなかった。でもある域を越えてしまうと声の震えも涙も止まらない。

ただ正しくありたいだけなのに。

政治家でも警察でもないんだもん、他人の事、他人の子供を気遣ってやる必要なんてない。これで終わりだ。

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治験参加

新薬と言っても、もうアメリカで発売されているMS治療薬。

採用にあたって、イギリスでもデータを取っている段階memo

日本では市販後臨床試験と呼ばれてるフェーズ4の治験に参加することに。

でも、この薬、まだ市販されていなくて、市販を待たずに薬を開始できることを重視した私。もし市販が遅れるようだったら、企業から無料で薬の提供もあるとのことだったし。副作用予防の薬が効果あるかないかの臨床試験。怖いと言うより何だかワクワクwink

明日から服用開始ですhospital

flair

前回挙げてた日本で開発されている新薬はもちろん日本でのことで、イギリスの話ではありませんでした(weep)。でも、この薬もこれからどう動いていくのか注目していきたいかも☆

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新薬

半年前のUPから特に何も変わってはいない現状

いや、主治医の所見がまた変わった事については触れてなかったかな。MSでないかもと言う彼女の考えは、取り消された。ってか、それについて新たに血液検査されたわけだけれど、TM発症時に調べてたわけで、それを彼女は見逃していた+検査結果を見つけられなかっただけで。。。人騒がせ。プロフェッショナルでないわ

彼女は、NMOではないかと疑ったわけです。既に抗アクアポリン4抗体の検査はしていたし、日本に帰国した時に提出した書類にも陰性だと書かれていた。素直にこっちに聞いてくれれば、良かったのに。彼女は患者と会話するって事を知らない。GPと違ってこっちの病院の先生はみーーんなそうだわ。

そして、9月に新薬を待ちたいと言われた。経口投与可能だという。時々そう言ったニュースが日本語でもないかとチェックしてきたけれど、特に見当たる気配が無かったのだけれど

!!!!

やっと出てきた~

http://news.mynavi.jp/news/2014/02/25/468/

って、日本開発なの??フィンゴリモドもそうだったけど。。。これは、知る限りの私の情報網を使う時だわ!!

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診察

なんだか、ここ闘病生活日記みたいになってきちゃった。

そんな予定ではなかったのにぃ。

ま、とりあえず、今日、神経科専門医の検診に行ってきました。

私のケースはMSじゃないかもしれないと言う。

1年以上経って診断くつがえされるのーーー??

ま、MSの部類に入ろうが入るまいが、神経に起こってる自己免疫疾患には変わりなさそうなのでこのまま治療は進んでいくし、MSに使われる薬を使っていく方針も変わらなさそう。でも、心電図の結果からもともと脈拍が低いのが出ていたらしく、フィンゴリモドの使用は却下になった。

もうひとつのナタリズマブはできれば、使って欲しくない。

どうもまだ許可の下りてない経口の薬があるらしく、それを使ってみたいようなことを言っていた。もしかして、被験者とかになるのかなぁ。ま、それも必要ならなったっていい。

この、先の見えないどうしようもない状態から脱出したいbearing

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子宮外妊娠

ここに来る時はいつも何か辛いことがあったときにばっかりな気がする。

ここは私の心を落ち着けるための日記の代わりだからしょうがないか…本当はクリスマスとか、リオや家族、友達とのこととか、いっぱい楽しいことも書きたいのにそれはいつも後回し、後回し。

新年早々のカウンターパンチをくらってくたばってましたweep今年は、できるだけベッドにしばりつけられないように、気持ちを上向きに、仕事に打ち込んで健康に!!って意気込んでいたのに…

運がないのよね。。

以前、これも書こうと思っていたのですが、リオを出産してからと言うもの、抗酸球性肺炎のため約1年程ステロイドの治療を受け、やっと治療の終了を言い渡されたと思ったら、TM→MSと病院のお世話になり、Adと話した結果、私の体では、二人目を授かるのは無理だと言う結論に達した。私もAdも二人目を望んでいて、実は女の子の名前も男の子の名前も考えていたのだけれど。。そして、避妊リングを入れたのは一昨年の7月。 日本では、結構お金がかかるものの、こちらでは、タダ。健康になる見込みがない限りは、はずす予定もなく挿入。しばらくお腹の不快感は続いたものの、最近では、ランダムに生理が二日程くるくらいで、順調だった。。。

??って思ったのは今月半ば。いつもは1ヶ月かちょっと遅れてかくる出血がそう言えば、しばらくない。まさか妊娠するとは思ってもみないからいつ最後の出血があったのかも覚えてないけれど、12月にはなかったはず。。。下腹部の膨らむような痛み。以前妊娠中に感じた痛みと似てたから、気になって、残ってた検査薬もあったしで検査してみたら。。。陽性★

去年たくさんの友達が出産していて、こちらで近しい友達にも赤ちゃんが産まれて、やっぱり羨ましい感は確実にあって、うん、嬉しかった。リングを入れての妊娠は99%ないってだし、小さな確立に当たったのかと思って、内心ワクワクしてた。リングを取り除いた方がいいのかも調べたり。子宮外妊娠だったらもっと出血もあるだろうし、そしてなによりもっと痛いはずだと思ったから。

子宮外妊娠って卵管で起こるだけじゃないって知らなかったわ。。。

日曜に検査陽性、月曜にGP受診、すぐに病院の方に連絡され、いつもだったら1-2週間かかる連絡がその晩来て、驚き。翌日火曜に病院に足を運ぶようにとのこと。これにも驚き。いつもだったら1ヶ月や2ヶ月待ちなのに。火曜の受診で、やはり出血がないことと痛みがそこまで激しくないから、今週中にエコーを取る形で進めて行くといわれ、ちょっと安心。

何か気になったらしくそのDrはエコーを今日取ってもらえるか、下に確認してくると言って待合室に移された。ちょうどあいたから今、エコーを取ってもらえるから下に行ってきてと告げられる。エコーの待合室にはまだまだ人がいたから、その日の検診が終わったわけじゃなさそう。え??何??と思いつつ検査室へ。一人の技師が結構長いこと調べてたけど、ちょっと同僚を呼んでくるって。。。話してるないようは、「ここにあるのはリングよね。。。して、これは血の塊??この影は何??。。。そのサイズを測って。。。ん…こっちのも。」。私には何も告げられず、また上へ上がってDr待ち。

ずっと相手をしてくれてたDrが、上司より話があるので、まだ待機してくれとのこと。

ここからちょっと不安になってきたものの、まだ何かしらの希望は捨ててなかった。

上司よりの説明は、「エコーでは子宮には何も移ってなく、子宮の外に影があるので、それを調べなければならない。できれば、今夜、遅くとも明日の朝には腹部3箇所に穴を開けて腹腔鏡にて卵管を調べ、もしそこに子宮外妊娠が確認できれば、それを切除します。もし、確認できなければ、またその後の状況次第でことを進めていきます。」とのこと。

。。。何が起こっているのか頭ではわかっているものの、心で受け止められずに、黙ってると、何か質問は??と言われ。。。質問も考えつかずにいいえ、と答えるしかなく。。。

入院。

Adに電話をして、きてもらうことになったけれど、遠くのオフィスに居る日で1時間はかかるとのこと。その間に、色んな質問やら説明やら、同意書のサインやらで慌しくて、悲しむ暇もなく過ぎた。Adが着いて全部話を説明すると、「よかったじゃないか、こんなに早く対応してくれて、そして私も無事であるんだから。いや、ドクターからの説明は要らない。明子から聞いただけで十分だ。」と。何か納得いかなくて、ちょっとした憤慨みたいな気持ちがこみ上げて、しゃべれずにいると涙が出てきて、どうしたと聞かれても、大丈夫だとしか言えなくて、Adの言ってることは正しいわけで、同情してもらいたいかって言うとそういうわけでもなくて、自分の考えが子供じみている気がして何も言えず、ただ泣いた。。。

手術室へ送り込まれたのはその夜の10時。目が覚めたのは1時半で病棟に戻れたのは2時。病棟に戻ってからとってもトイレに行きたくて、簡易便器の上に座ること5分。何も出てこない?? ベッドに戻るも心地悪い私を見て、看護婦さんが機械を持ってきて、お腹に当てた。20ml。殆ど膀胱に尿はないよって。そんな機械もあるのねぇ。 翌朝は逆で、一晩点滴で落とした水分があるはずなのに、もよおす感じがない。で、今度は出るまで座っててといわれ、どこに力を入れていいのか、力を抜いていいのかわからず奮闘。10分後に何とか放尿☆いっぱい出た。

朝ごはんを食べた後、ドクターが来て、言った。卵管への着床は見られず、影は卵巣にのう胞があって腫れたものだったとのこと。今日のところは一応退院して、明日(木曜)の午後に採血に来るようにと言われ、そこで妊娠ホルモンの値が下がってたら、自ら流れたのかもしれないと。

何だか、ほっとした。そして、その日も翌日も若干残る痛みもあったし、縫合部の痛みもあって眠り続け、午後の採血にだけ外に出た。

雪☆日本に居るときは嫌いだったけど、やっぱり今でも寒いのは苦手だけど、慣れたのもあって、何だか嬉しい。リオともっと雪合戦したいなぁ。

更に眠り続けて金曜日。ドクターからの電話で起こされた。悪い知らせだった。ホルモン値が若干上がっているとのこと。痛みも激しくはなっていないものの続いていると告げると今からまた病院に来るようにとのこと。

再入院。

土曜は静か。。週末だから。ドクターも昼近くまで来なかった。しかし、来て話してみて驚き。また手術だって。子宮内を掻爬。所謂堕胎手術のようなもの。それで、ホルモン値がまだ上がるようなら薬物投与にてこの妊娠を終わらせると説明された。。。また手術…

二度目の全身麻酔に少々びびりつつも、明るいおでぶのアシスタントが眠り際まで励まし続けてくれた。日本に旅行に行きたいんだと。これって外国人だったら誰にでも言うのかなぁなんてひねくれた思いを胸に会話を続けた。話は尽きずに色んな手段で、安心させようとしてくれる。いよいよ、麻酔をかけるときになって、手術助手が留置針の挿入をしそこね、別の血管をまた刺そうとしてるんだけど、この助手二人さ、血止めのバンドを使わずに一人が腕をつかんで血管を浮き立たせようとしてるの。そんなことだから失敗するのさぁ(怒)。結構痛くて、顔をしかめてる間にも麻酔医は気をそらせようとして、どんどん話しかけてきて質問もするし、いっぱいいっぱいになってたところで、おでぶさんが手を握ってきてくれて。ぎゅっと握り返した。結婚してなかったら、こういうところで恋とかうまれるんだろうなぁってひとごとみたいに思ってた。そして、、、今度こそ、この手術で終わりになりますように。

目が覚めて病室に戻ってみると、夕食が終わってた。手術のために昼を抜かした挙句に晩御飯も逃した~。この病院、定時にいないと食べられないんだよねぇっと思ったら。気が利く看護婦さんがいたぁ!!トーストでも食べるか?って。朝ごはんのシリアル以来食べてないからお腹ぺこぺこ!!トーストにがっついてると、手術後の患者さんは食欲ない人が多いんだけどねぇってつぶやいてた。私は食欲なくなることそんなにないんですっ。

って、言ってもさすがに食事をまともにできない日が続いてたおかげで、2キロ程減ってた。最近の私にはこの2キロ減るってのが大きくて、食べて元に戻さなきゃ!!!

してまた、災難は続く。

日曜の朝、血液検査結果次第で帰れるとか。術後の気分は良好だし、帰る気満々で笑顔でドクターを迎えたものの、待っていたのは酷な報告。

ホルモン値が更に倍に…

??何故??何で??帰りたい。

このまま帰すのは危険なので、もう一晩泊まってもらって、月曜に薬局が開いてから、薬を準備してもらって、そのあと、様子を見て帰れるかみますと。。。

薬…?? 2度の手術の上に薬で卵を殺すのか。。。

何だか、怖くなった。そして、知っておきたくて薬の名前を尋ねると、メソトレキセート。今になって、子宮外妊娠には通常に用いられる薬だとわかったものの、私の知識では抗がん剤止まり。不安にさいなまれた夜をすごした後、朝に診察に来た駆け出しドクターに薬の使用にはちょっと気乗りしない旨を伝えた。

藁をもすがる思いで、日本の友達にメッセージを送り、話すことができた。彼女の人脈のおかげで、産婦人科医の話を聞くことができて、安心した。日本語で自分の不安をぶちまけられる安堵感と、何が起こっているかを把握できた安心感で自分のなかで感極まっており、そこでとどめの一発。事務員さんに病室での携帯の使用を注意されました。いや、わかってたんだけど、2度目の友達の電話の前は全部外で話してたんだけど、その時だけ、足がね動かなかったのよ。(言い訳)笑った覚えもないし、大きな声で話したわけでもないし、見逃してくれてもいいじゃんーーーーって思ってたら、もうその感極まり様が度をこしてて…年甲斐もなく号泣してしまいました。しゃくりあげるくらいまで泣いている私をみて、注意した事務員さん、お茶を入れて持ってきてくれたわ。

友達のおかげで、薬に挑む元気も出た。で、先に気乗りしない旨を伝えていたのが担当のドクターに伝わっていたらしく、彼女ももめるのを想定してきたような顔をしてきた。すぐに私が前向きなことを伝えると注射の準備はできつつあるから、注射の後、退院を考えましょうといってくれた。

2時間程して、注射のために別の病棟に行き、投与を受ける。 …いやぁ。。。痛かった。お尻に注射を受けたのはどれくらいぶりだろう。ちょっと間抜けな気分だったけど、そうも言ってられない程、注入時間が長くて悶絶、悶絶。注入後も腰に響くような痛みでしばらくうなってた。。。

この後、病院を開放され、只今、自宅療養中。

ホルモン値がまだ下がってなかったら、また注射らしいので、、、下がってますように。

とてもわかりやすい子宮外妊娠についての説明を見つけました。

http://www.ladys-home.ne.jp/faqsite/ans-files/FAQ-I/FAQ-I10.html

これ、見てたらもっと安心して居れただろうになぁ。(私、よっぽどドクター達、信用してないのね。。。) このサイトによると私の場合は稀な腹腔妊娠みたいですね☆

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寒くなってきたけれど、まだ冬の匂いは漂っていません。

それでも、朝は3℃とか。

今月はどうも病気の月のようで、連れは1週間風邪と吐き気に苦しみ、私も2度も風邪を引く始末。更に、リオはその2度の風邪+嘔吐下痢で、保育園にも行けないし、お友達とも遊べないので不機嫌そのもの。この季節、乗り切れば、もうクリスマス☆体力温存しなきゃ。

ところで、たーくさん話したいこともあるのに、ちょっと生活風景

P1270085

日差しの良い午後に、商品の撮影をしていた時のこと。ONにしたままのカメラをキャビネットの上に置いていて、誤って撮った写真。

ゆっくりした生活に慣れたものの、色々やりたいことが一杯。

ひとつひとつ、こなしていかなきゃ。

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