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2013年1月

子宮外妊娠

ここに来る時はいつも何か辛いことがあったときにばっかりな気がする。

ここは私の心を落ち着けるための日記の代わりだからしょうがないか…本当はクリスマスとか、リオや家族、友達とのこととか、いっぱい楽しいことも書きたいのにそれはいつも後回し、後回し。

新年早々のカウンターパンチをくらってくたばってましたweep今年は、できるだけベッドにしばりつけられないように、気持ちを上向きに、仕事に打ち込んで健康に!!って意気込んでいたのに…

運がないのよね。。

以前、これも書こうと思っていたのですが、リオを出産してからと言うもの、抗酸球性肺炎のため約1年程ステロイドの治療を受け、やっと治療の終了を言い渡されたと思ったら、TM→MSと病院のお世話になり、Adと話した結果、私の体では、二人目を授かるのは無理だと言う結論に達した。私もAdも二人目を望んでいて、実は女の子の名前も男の子の名前も考えていたのだけれど。。そして、避妊リングを入れたのは一昨年の7月。 日本では、結構お金がかかるものの、こちらでは、タダ。健康になる見込みがない限りは、はずす予定もなく挿入。しばらくお腹の不快感は続いたものの、最近では、ランダムに生理が二日程くるくらいで、順調だった。。。

??って思ったのは今月半ば。いつもは1ヶ月かちょっと遅れてかくる出血がそう言えば、しばらくない。まさか妊娠するとは思ってもみないからいつ最後の出血があったのかも覚えてないけれど、12月にはなかったはず。。。下腹部の膨らむような痛み。以前妊娠中に感じた痛みと似てたから、気になって、残ってた検査薬もあったしで検査してみたら。。。陽性★

去年たくさんの友達が出産していて、こちらで近しい友達にも赤ちゃんが産まれて、やっぱり羨ましい感は確実にあって、うん、嬉しかった。リングを入れての妊娠は99%ないってだし、小さな確立に当たったのかと思って、内心ワクワクしてた。リングを取り除いた方がいいのかも調べたり。子宮外妊娠だったらもっと出血もあるだろうし、そしてなによりもっと痛いはずだと思ったから。

子宮外妊娠って卵管で起こるだけじゃないって知らなかったわ。。。

日曜に検査陽性、月曜にGP受診、すぐに病院の方に連絡され、いつもだったら1-2週間かかる連絡がその晩来て、驚き。翌日火曜に病院に足を運ぶようにとのこと。これにも驚き。いつもだったら1ヶ月や2ヶ月待ちなのに。火曜の受診で、やはり出血がないことと痛みがそこまで激しくないから、今週中にエコーを取る形で進めて行くといわれ、ちょっと安心。

何か気になったらしくそのDrはエコーを今日取ってもらえるか、下に確認してくると言って待合室に移された。ちょうどあいたから今、エコーを取ってもらえるから下に行ってきてと告げられる。エコーの待合室にはまだまだ人がいたから、その日の検診が終わったわけじゃなさそう。え??何??と思いつつ検査室へ。一人の技師が結構長いこと調べてたけど、ちょっと同僚を呼んでくるって。。。話してるないようは、「ここにあるのはリングよね。。。して、これは血の塊??この影は何??。。。そのサイズを測って。。。ん…こっちのも。」。私には何も告げられず、また上へ上がってDr待ち。

ずっと相手をしてくれてたDrが、上司より話があるので、まだ待機してくれとのこと。

ここからちょっと不安になってきたものの、まだ何かしらの希望は捨ててなかった。

上司よりの説明は、「エコーでは子宮には何も移ってなく、子宮の外に影があるので、それを調べなければならない。できれば、今夜、遅くとも明日の朝には腹部3箇所に穴を開けて腹腔鏡にて卵管を調べ、もしそこに子宮外妊娠が確認できれば、それを切除します。もし、確認できなければ、またその後の状況次第でことを進めていきます。」とのこと。

。。。何が起こっているのか頭ではわかっているものの、心で受け止められずに、黙ってると、何か質問は??と言われ。。。質問も考えつかずにいいえ、と答えるしかなく。。。

入院。

Adに電話をして、きてもらうことになったけれど、遠くのオフィスに居る日で1時間はかかるとのこと。その間に、色んな質問やら説明やら、同意書のサインやらで慌しくて、悲しむ暇もなく過ぎた。Adが着いて全部話を説明すると、「よかったじゃないか、こんなに早く対応してくれて、そして私も無事であるんだから。いや、ドクターからの説明は要らない。明子から聞いただけで十分だ。」と。何か納得いかなくて、ちょっとした憤慨みたいな気持ちがこみ上げて、しゃべれずにいると涙が出てきて、どうしたと聞かれても、大丈夫だとしか言えなくて、Adの言ってることは正しいわけで、同情してもらいたいかって言うとそういうわけでもなくて、自分の考えが子供じみている気がして何も言えず、ただ泣いた。。。

手術室へ送り込まれたのはその夜の10時。目が覚めたのは1時半で病棟に戻れたのは2時。病棟に戻ってからとってもトイレに行きたくて、簡易便器の上に座ること5分。何も出てこない?? ベッドに戻るも心地悪い私を見て、看護婦さんが機械を持ってきて、お腹に当てた。20ml。殆ど膀胱に尿はないよって。そんな機械もあるのねぇ。 翌朝は逆で、一晩点滴で落とした水分があるはずなのに、もよおす感じがない。で、今度は出るまで座っててといわれ、どこに力を入れていいのか、力を抜いていいのかわからず奮闘。10分後に何とか放尿☆いっぱい出た。

朝ごはんを食べた後、ドクターが来て、言った。卵管への着床は見られず、影は卵巣にのう胞があって腫れたものだったとのこと。今日のところは一応退院して、明日(木曜)の午後に採血に来るようにと言われ、そこで妊娠ホルモンの値が下がってたら、自ら流れたのかもしれないと。

何だか、ほっとした。そして、その日も翌日も若干残る痛みもあったし、縫合部の痛みもあって眠り続け、午後の採血にだけ外に出た。

雪☆日本に居るときは嫌いだったけど、やっぱり今でも寒いのは苦手だけど、慣れたのもあって、何だか嬉しい。リオともっと雪合戦したいなぁ。

更に眠り続けて金曜日。ドクターからの電話で起こされた。悪い知らせだった。ホルモン値が若干上がっているとのこと。痛みも激しくはなっていないものの続いていると告げると今からまた病院に来るようにとのこと。

再入院。

土曜は静か。。週末だから。ドクターも昼近くまで来なかった。しかし、来て話してみて驚き。また手術だって。子宮内を掻爬。所謂堕胎手術のようなもの。それで、ホルモン値がまだ上がるようなら薬物投与にてこの妊娠を終わらせると説明された。。。また手術…

二度目の全身麻酔に少々びびりつつも、明るいおでぶのアシスタントが眠り際まで励まし続けてくれた。日本に旅行に行きたいんだと。これって外国人だったら誰にでも言うのかなぁなんてひねくれた思いを胸に会話を続けた。話は尽きずに色んな手段で、安心させようとしてくれる。いよいよ、麻酔をかけるときになって、手術助手が留置針の挿入をしそこね、別の血管をまた刺そうとしてるんだけど、この助手二人さ、血止めのバンドを使わずに一人が腕をつかんで血管を浮き立たせようとしてるの。そんなことだから失敗するのさぁ(怒)。結構痛くて、顔をしかめてる間にも麻酔医は気をそらせようとして、どんどん話しかけてきて質問もするし、いっぱいいっぱいになってたところで、おでぶさんが手を握ってきてくれて。ぎゅっと握り返した。結婚してなかったら、こういうところで恋とかうまれるんだろうなぁってひとごとみたいに思ってた。そして、、、今度こそ、この手術で終わりになりますように。

目が覚めて病室に戻ってみると、夕食が終わってた。手術のために昼を抜かした挙句に晩御飯も逃した~。この病院、定時にいないと食べられないんだよねぇっと思ったら。気が利く看護婦さんがいたぁ!!トーストでも食べるか?って。朝ごはんのシリアル以来食べてないからお腹ぺこぺこ!!トーストにがっついてると、手術後の患者さんは食欲ない人が多いんだけどねぇってつぶやいてた。私は食欲なくなることそんなにないんですっ。

って、言ってもさすがに食事をまともにできない日が続いてたおかげで、2キロ程減ってた。最近の私にはこの2キロ減るってのが大きくて、食べて元に戻さなきゃ!!!

してまた、災難は続く。

日曜の朝、血液検査結果次第で帰れるとか。術後の気分は良好だし、帰る気満々で笑顔でドクターを迎えたものの、待っていたのは酷な報告。

ホルモン値が更に倍に…

??何故??何で??帰りたい。

このまま帰すのは危険なので、もう一晩泊まってもらって、月曜に薬局が開いてから、薬を準備してもらって、そのあと、様子を見て帰れるかみますと。。。

薬…?? 2度の手術の上に薬で卵を殺すのか。。。

何だか、怖くなった。そして、知っておきたくて薬の名前を尋ねると、メソトレキセート。今になって、子宮外妊娠には通常に用いられる薬だとわかったものの、私の知識では抗がん剤止まり。不安にさいなまれた夜をすごした後、朝に診察に来た駆け出しドクターに薬の使用にはちょっと気乗りしない旨を伝えた。

藁をもすがる思いで、日本の友達にメッセージを送り、話すことができた。彼女の人脈のおかげで、産婦人科医の話を聞くことができて、安心した。日本語で自分の不安をぶちまけられる安堵感と、何が起こっているかを把握できた安心感で自分のなかで感極まっており、そこでとどめの一発。事務員さんに病室での携帯の使用を注意されました。いや、わかってたんだけど、2度目の友達の電話の前は全部外で話してたんだけど、その時だけ、足がね動かなかったのよ。(言い訳)笑った覚えもないし、大きな声で話したわけでもないし、見逃してくれてもいいじゃんーーーーって思ってたら、もうその感極まり様が度をこしてて…年甲斐もなく号泣してしまいました。しゃくりあげるくらいまで泣いている私をみて、注意した事務員さん、お茶を入れて持ってきてくれたわ。

友達のおかげで、薬に挑む元気も出た。で、先に気乗りしない旨を伝えていたのが担当のドクターに伝わっていたらしく、彼女ももめるのを想定してきたような顔をしてきた。すぐに私が前向きなことを伝えると注射の準備はできつつあるから、注射の後、退院を考えましょうといってくれた。

2時間程して、注射のために別の病棟に行き、投与を受ける。 …いやぁ。。。痛かった。お尻に注射を受けたのはどれくらいぶりだろう。ちょっと間抜けな気分だったけど、そうも言ってられない程、注入時間が長くて悶絶、悶絶。注入後も腰に響くような痛みでしばらくうなってた。。。

この後、病院を開放され、只今、自宅療養中。

ホルモン値がまだ下がってなかったら、また注射らしいので、、、下がってますように。

とてもわかりやすい子宮外妊娠についての説明を見つけました。

http://www.ladys-home.ne.jp/faqsite/ans-files/FAQ-I/FAQ-I10.html

これ、見てたらもっと安心して居れただろうになぁ。(私、よっぽどドクター達、信用してないのね。。。) このサイトによると私の場合は稀な腹腔妊娠みたいですね☆

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